こんばんは。sharkoです
私は敏感症だったのか、昔は消防車や救急車の音が嫌いで無条件に胸がざわついていたのを思い出しました。
そして一番嫌いなのが消防団を呼ぶサイレンです。
戦時中の空襲警報に似ているからなのか、あの音だけは今でも慣れません。
さて今日は、「コントロール」についてお話をしていきます。
人と関わる中で最も難しい自分の「コントロール」
これが出来るようになれば人生の勝者になれるとさえ思うのですが、それがなかなか難しいのが人と言うものなのかなと思います。
そのコントロールの考え方と方法についてお伝えします。
今日のお話が皆さんのご参考になりますように
コントロールと一言で言っても、様々な種類があります。
今日は主に「自分の進む方向」に焦点を当ててみます。
大体の人は、他者の賛同が得られる方向へ行くことが幸せだと思っています。
誰も歩いたことのない道を選ぶよりも、多くの人が舗装された綺麗な道を通りたいと思うものです。
ですがそうして歩いているうちに、ふと「この道は自分が進みたかった道かな?」と我に返るような、「何をしてるんだろう」と言うような感覚になることってないですか?
「私は一体何をしているんだろう」「本当は何がしたかったんだっけ…?」
自分が希望した、自分の足で歩いてきた道であったはずなのに、何かが抜け落ちているような、大切な事を忘れているような感覚になる。
そうしたことが頻繁に起こるようになり、私は心から自分が望んだ道を選択していないことに気が付きました。
「家族の目」「人の目」「世間の目」「逃げ道」「妥協」
今までの人生の中で、たくさんあった選択肢。
その一つ一つ、自分の本心に従って決定していたつもりでも、上に挙げたどれかに該当する決定でここまで進んできたのです。
上の5項目は、心からの希望ではなくその場しのぎの決定であるとも言えます。
本音でチョイスが出来ていない状態では、結果的にはどこかで違和感に気が付くのだと思うのです。
だからこそ、常に自分の心に耳を澄ませ、知っておくことは大切なんだと思うのです。
(過去参照ブログです↓)
komachi-emi.hatenablog.com
でも、気が付いた時点からやり直すことは十分可能ですので、ここからどうしたら迷子にならないのかを3項目に分けてお伝えしていきますね。
①目的地を決める
私は今年の初めに「自分を幸せにする」と言う決意を固めました。
自分のカーナビの目的地を明確に設定するのです。
そうすると、自然と何が自分にとっての幸せなのかを心が勝手に探し始めます。
子どもとの関わり、友人との関わり、仕事との関り。
自分が大切にしたいと思える事柄の中に、今どんな幸せがあるのかを見つけることが出来るようになりました。
②行動を決める
何かの行動を起こすときには、それをしたことによって自分はどうなっていたいのかを考えます。
私の場合は、外側に多くを求めない「足るを知る」ところから始めました。
可愛く言えば、現状を変えずに「小さな幸せ探し」をすることです。
何かを得るために実際に動くことも、逆に「止まる」ことも行動です。
私は外側に求めることを「やめる」ことを選択しました。
そして人との関りにおいては「いい人」をやめ、必要最小限の人との関りに留めました。
コロナ禍と言うこともありますが、自分発信で「会いたい」と心から思える人とだけ関わる事を決めました。
③その目標に到達するには何が必要なのかを考える
自分を幸せにするために必要な事は何かを考え、今までやりたくても出来なかった事を始めました。
このブログもその一つです
苦しみの多い生い立ちであったとしても、幸せになる事は出来ると誰かに伝えたかったからです。
そのためには、自分を肯定する力が必要でした。
今までの歩みに自信が持てるようになる必要がありました。
家族の目を気にしない心が必要でした。
そのために、多くのメソットを学んだこともとても役に立っています。
誰かに求められた道を選ぶのではなく、常に自分で決めた道を選択することは、自分を信じることに繋がります。
もしも間違えてしまった時は、そこから修正すれば良いのです。
いくらでもやり直しが可能なのは、人間のいいところだと思います。
それが出来ない人も沢山います。
でも、心も時間も自分の使い方次第。
なりたい自分になるのに遅すぎる事はないと思います。
( 前回の参照ブログ↓)
苦しみが伴うときは、逃げることも乗り越えることも、自分で・自分のタイミングで選んでいくのです。
そして、こうしたブログを書き始めて今も変わらない想いは、私が知っていることをどれだけ声を大にしたとしても、届かない人には届かないということです。
人は人にヒントを渡す事はできても、それを受け取るかどうかは相手次第なのですね。
他者は決してコントロールできるものではないのです。してはいけないのです。
たとえ差し示した道が相手にとって幸せになる道だと明らかだったとしても、その人にはその時にしか学べないことがあるのです。
差し伸べた手を引かなければならない時があるのです。
それがどんなに自分にとって大切な人であったとしてもです。
他人軸の人はコントロールされやすく、知らぬ間に望んでいない道を歩んでいることがあります。
何をもってして幸せとするのかは、一人一人違い、その人にしか分からないものです。
だからこそ、何を幸せとするのかを自分で決める必要があるのです。
人はみんな平等に自分の命を与えられ、自分で自分を幸せに導く事は万人に与えられた使命なのだと思います。
人は、どんな状態であっても進歩しかしていないから大丈夫と私は信じています。
今日のブログからの1曲
GReeeeNの「道」を貼っておきます。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました。
もしもご覧の皆様のお近くに生きづらさの悩みを抱えていらっしゃる方が居ましたら、ぜひこのブログをご紹介いただけると嬉しいです。
このブログがどうか風に乗って必要な人に届き、少しでも癒しに繋がりますように…。
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